何を求めるのか
紅の鉄騎に相応しい騎士の条件は何か。
一度きりのチャンスと、自ら答えを探さなければならない、条件。
いつか見た、天馬を操る騎士に話を聞くことが出来れば、何か判るかもしれないのだが。
昨日の声に続いて、今日もまどろみの中で声が聞こえてきた。
紅の鉄騎は、背中に乗せる騎士が自分に相応しいか、信用できなければ契約に応じない。
ユニコーンであれば、清廉な処女であることが条件となるが、紅の鉄騎の条件はそれだけではない。
その条件が何なのかは、自分で探すしかない、という。
ようやく、落ち着きを取り戻した。気づいたらあの仔馬のイメージはなくなっていた。
あの仔馬はどこからやってきたのか、そして、どうして私の心の傷を癒すことができたのか、はっきりしたことは判らない。
でも、凛々とした紅の馬のものとは違う、癒しを与える黄金色の仔馬には、また会える気がする。
届けられた贈り物の中にあった綺麗なドレスを見ても、あまりの出来事に心が弾まない。
あの黒の騎士達に姿を見られるのではないかという恐怖心から、窓から外を見ることもできなくなった。
カーテンを閉め、部屋を暗くしてベッドで膝を抱えて塞ぎ込んでいると、今度は暖かいイメージとともに、黄金色の仔馬の心が私の心の中に流れ込んできた。
その優しい目をしている仔馬は、私があまりにもショックを受けていることが心配なようだった。
少し気が楽になって、仔馬のたてがみをなでてやると、私の心も少しずつ穏やかになってきた。同時に、堰を切ったように涙があふれ出てきて、思い切り泣いた。
黄金色の仔馬は、私が泣きやむまで、ずっとその優しい目をしたまま、佇んでいた。
おかげで、少し自分を取り戻せたようだ。
心の中に飛び込んできた、まだ見ぬ姉妹の一人が受けた責め苦は、あまりにも私の心と体に影響が強すぎた。
あまりのショックに、私の躰は冷え切り、震えが止まらなくなった。
黒の騎士は、黒の森とともに現れ、それはこの付近でも例外ではない。
果たして、私があの凄絶な責め苦を受けることはないということを誰が保証してくれよう?
どうしてあのような荒々しい咆哮を出していたのか、昨日聞いた紅の馬の咆哮が耳について離れない。
しかし、その答えがわかった。まだ見ぬ姉妹たちの一人が、凄絶な責め苦を受け、心が破壊されてしまったのだ。
まだ見ぬ姉妹の一人が、黒の森の中で、青白く光る燐光をまとわりつかせた黒の騎士達に追い回され、血と泥と排泄物まみれにされた揚げ句、黒の騎士達に蹂躙されてしまった。
私の心の中に突如飛び込んできたその光景は、あまりにも現実感があるが故に、私の躰にまで変調をきたし、今も、躰の震えが止まらない。
今日はものすごい咆哮が外から聞こえてきて、その音で飛び起きた。
窓から外を見ると、紅の馬がものすごい咆哮と地響きをたてて、駆け回っている。
これまで見てきた紅の馬は、もっと静かでおとなしいという印象があったのだが、この荒々しさは一体どうしたことだろう。
目覚めると、扉のそばに紅の薔薇と一緒に大きな箱が置かれていた。
薔薇には手紙が添えられていた。
手紙を見ると、ただ一言、「綺麗」と書かれていた。
箱を開けると、色んな種類の衣類や肌着、身の回りの小物、それに化粧道具が入っていた。
一つ一つ、私に合う物を試してみるつもりだ。
綺麗になりたい、と思うと同時に、此処に来てから化粧を一度もしていないことに気づいた。
もともと他の誰とも会わない状況だったので、あえて飾るようなことはせず、最も基本的な肌や髪のお手入れ程度しかしていなかった。
でも、もしこのまま訪問者に対することを考えると、本当にこのままでいいのか、という想いが胸の裡にわき上がってきた。
夢のなかで、紅い天馬の声を聞いた。
天馬は、遙か彼方を空間飛行をするときは、絶対零度の中を駆け抜けるのだという。
天馬を操る騎手は、絶対零度の中を駆け抜けても、凍り付くことなく天馬を御しなければならない。さもなくば、天馬の背から放り出されて空間の中を無限に落ち続け、二度と現世に戻ってくることができないそうだ。
これまでは眠りから覚めるといつの間にか部屋の中に届け物があったりしたのだが、太陽が天頂に昇った頃に、これまで鍵がかかって開いたことのない扉をノックする音がした。
初めての出来事に、思わず躯が動かなくなった。
優しいノックの音は何度か続いたが、しばらくすると、鍵をかける音の後に再び静寂が訪れた。
我に返り、扉に駆け寄って開けてみようとしたが、もう、これまでと同じで鍵がかかって扉は開くことはなかった。
夜空を見上げていたら、昨日の天馬の群とは別に、単騎の天馬で空間飛行をしている人影が降りてきた。
この近くには寄って来れないようだが、頭の中に声が聞こえ、話をすることができた。
聞くと、紅の天馬を馴らして空間飛行を続けているようだ。
名を聞くと、異国の名前で三日月の僧正と言うらしい。
僧正様は、また会えることを祈ると言って、天高く飛び去っていった。
朝、目覚めると、今度はシーツの胸元に手紙が一通、置かれていた。
封筒は馬と薔薇の刻印が象られた紅いロウで封がされているが、差出人の名はなく、「To Mirai」と書かれているだけ。
彼の人からの手紙かと思うと胸の奥から熱いものが迸った。
しかし、開けた中にある白い便箋には何も書かれていなかった。
部屋にはふかふかの絨毯が敷き詰められていたが、裸足で歩くと少し寒く、足下が冷たかった。
今朝、目覚めるとベッドのそばに木靴が1足置かれていた。
履いてみると、木の柔らかい感触が足の裏に暖かく、思ったよりも快適だった。
紅の馬に跨った夢をみた。
私が紅の馬の背の上に乗ると、辺りは黄金の女神による光芒が降り注ぎ、黒の森の陰鬱さはどこかへ消え去った。
遙か彼方まで続く大平原、そして若草の匂いが心地よく、戯れてくる風は私の心を高揚させる。
いつか、夢ではなく、本当に紅い馬に跨って駆けてみたい。